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中部・関西友だち巡りの旅

まとまった時間ができたので、中部・関西方面に旅行に行ってきました。実質四泊五日、車中泊を含めると六泊七日にもなるので、かなり長い旅です。



目的は、観光よりも友だちに会うこと。最近けっこう増えた西の友だちにまとめて会おうという魂胆です。



5日(水)の夜、横浜から夜行バスで出発しました。激安バスの係員は上目線で感じが悪く、しかも渋滞で遅れていたため、小雨のぱらつく中えんえん外で待たされました。激安バスなんてそんなもんでしょう。



6日(木)の早朝5時すぎに、東岡崎に到着しました。駅が開いていないのはもとより、牛丼チェーンのひとつすら無いのにはまいりました。中部は車社会なので、飲食店などがあまり駅前に出店しない傾向にあるようです。文化の違いが垣間見えます。



ようやく動いた名鉄の始発で豊橋に向かい、そこから豊橋鉄道渥美線で、渥美半島を南下しました。特に渥美半島に用があったわけではありません。実は、「友だちに会う」以外に裏ミッションとして、「乗ったことの無い鉄道に乗る」というのがあったりします。すいません、オタクで…。



車窓から垣間見ただけですが、渥美半島はなかなか活気がある印象でした。朝のラッシュ時ではありましたが、超満員でした。



豊橋に戻って、同じく豊橋鉄道の東田本線という路面電車にも乗りました。



豊橋でのミッションを終えて、名鉄で犬山に向かいました。



犬山に向かったのは、かねてから気になっていた明治村に行くためです。明治村は、文化的価値が高い建造物などを保存している施設です。



犬山駅からのバスの乗客は僕ひとりでどうなることかと思いましたが、いざ着いてみると、学生と老人の集団でそれなりににぎわっていました。彼らで持っている施設のようです。



京都市電や蒸気機関車が運休していたのは残念でしたが、歴史的に価値のある建造物の中に入ったり、椅子に座ったりと、貴重な体験をすることができました。



明治村の食堂で食べた明治のラーメンは、濃厚な塩スープに名古屋コーチンのだしが効いていて絶品でした。



犬山からの帰りは、行きとはルートを変えて、名鉄小牧線で名古屋市内に出て、地下鉄を乗り継いで、庄内通に出ました。庄内通には今夜の宿、かっちゃんが運営するシェアハウス『虹色』があります。



かっちゃんは、僕が以前住んでいた北池袋シェアハウスの系列だった下井草シェアハウスに住んでいた人ですが、富士バカ2010を主催し、さらにその際に同じ班だったので、仲良くなりました。



虹色は、かっちゃんと、やはり富士バカで同じ班だったひとちゃんが立ち上げたシェアハウスです。富士バカでの出逢いが具体的なカタチになっていました。



普段はあまり料理をしないというかっちゃんが作ったカレーをごちそうになりました。



さらに、ウクレレを弾かせてもらったりと、楽しいひとときを過ごしました。



住人のうち、歌を歌うという大学生の男の子に会えなかったのは残念でしたが、かっちゃんと韓国人の男性はわりとおとなしく、女性陣ふたりの方が元気な印象だったので、我々がかつて住んでいたシェアハウスよりも上品な印象を受けました。



またぜひ、再訪したいものです。



翌日は、名古屋市内の地下鉄を乗り回ったあと、いちばん名古屋らしいと聞いた大須商店街に行ってみました。



庶民的な活気にあふれていて、大阪の難波あたりに近い雰囲気を感じました。



名古屋からは、名鉄で岐阜に出たあと、JRに乗り継いで、京都に向かいました。



京都に着くと、周りの人々がみな関西弁をしゃべっていました。当たり前のことですが、違う文化圏に来たと、妙に興奮します。



地下鉄で今夜の宿、たかしが運営するゲストハウス『楽縁』に向かいました。



たかしは、元下井草シェアハウスの住人で、富士バカ2009を主催した人です。



丸太町の駅から閑静な京都らしい路地を歩いてくると、一軒だけにぎやかな古民家があり、そこが楽縁でした。



荷物を置いて、再び京都駅に向かいました。



京都駅で、susuに会いました。susuとは、大学4年から社会人1年目にかけて活動していた『F』という団体を通して知り合いました。月一くらいで集まってバカな遊びをするだけでしたが、今の僕の人格形成に重要な影響を及ぼした団体です。



susuと会うのはその頃以来なので、おそらく4年ぶりくらいだと思います。当時から仲間うちでは写真家として通っていた彼は、今では写真館を開業しています。



susuとともに、七条通沿いの串焼きの店に行きました。自分や周囲の近況について話がはずみました。ほとんどの人と疎遠になってしまったのは残念なことではあります。



串焼きも美味しく、お酒も進んだので、susuと別れるころにはすっかり酔っていました。帰りは地下鉄で二回乗り越したあげくに、あきらめて歩いて帰りました。



翌日は、近隣の神社、京都御苑、同志社大、京大などを冷やかしつつ歩いて、susuおすすめの下鴨神社に参拝しました。



出町柳から京阪で大阪に向かいました。



八幡市から男山ケーブルに寄り道し、石清水八幡宮に参拝しました。





兼好法師の『徒然草』に出てくる由緒ただしき神社です。もっとも、この話に出てくる仁和寺の法師は、山のふもとにある別の神社を岩清水と勘違いしてしまったのですが。



さらに、京阪交野線に寄り道。トーマス電車に乗りました。トーマスが車内放送をしています。たまに乗る子どもはいいでしょうが、いつも乗る地元の人にはうっとうしいだろうと思ったりします。



京阪から地下鉄に乗り継ぎ、天神橋筋六丁目へ。たーくんのお店に向かいました。



たーくんとは、以前北池袋シェアハウスでともに暮らした仲です。その後実家に戻り、家業の喫茶店を継いでいます。ただ、喫茶店をそのまま継ぐのではなく、コーヒー豆の通販をしたりと、新たなアプローチを模索しています。



たーくんの状況はけっして楽ではないようでしたが、周囲にそびえ立つ壁をむしろ楽しんでいるようでした。そんなたーくんから、煮え切らないミュージシャンたる會澤はずいぶん発破をかけられました。たーくんのハングリー精神は見習いたいものです。



帰りは阪急でとんぼ返り。楽縁に戻りました。



楽縁には、富士バカ参加者のもえが遊びに来てくれました。みんなでたこ焼きパーティーをしました。



たこ焼きパーティーのあとで、宿泊客のゾノ、あいこさん、しほさんと、近くの銭湯に行きました。



湯船に浸かりながら、ゾノといろいろ話をしました。わりと家が近いこともあって、すっかり意気投合しました。宿泊客どうし仲良くなれるのは、ゲストハウスの大きな魅力だと思います。同じ安宿でも、カプセルホテルではそうはいきません。



翌日は、前日寝過ごして半日を棒に振ったゾノをなんとか起こして、いっしょに出かけました。楽縁の近くにある二条城に行こうと言っていたのですが、僕の予定が厳しかったこともあり、いったん二条城は割愛して、二条城向かいにある神泉苑に向かいました。



神泉苑は、天皇遊覧用の庭ということでした。たいして広くはないのですが、中央に池があり、太鼓橋がかかっていました。ゾノには無理を言ってつきあってもらいましたが、気に入ってもらえたようでした。



二条城に行くゾノと別れて、二条駅まで歩きました。そこからJRで嵐山に向かいました。お目当ては、嵯峨野観光鉄道のトロッコ列車です。



トロッコ嵯峨駅は、巨大なジオラマかわ併設された楽しい駅でした。そんなものを見つつ、時間まで過ごしました。



トロッコ列車は、立見も出るほどの盛況でした。事前に指定券を買っておいて正解でした。トロッコ列車から、保津川の絶景を堪能しました。



嵐山に戻り、嵐電で北野白梅町に向かいました。北野白梅町に用があるわけではなく、ただ嵐電に乗りたかったというのが正直なところです。



とはいえ、いちおう観光はします。北野天満宮、平野神社、等持院と巡りました。特に、足利家ゆかりの等持院は、素晴らしい庭でした。



ゾノは、金閣、龍安寺と比較的近くを回っていましたが、けっきょく会えず終いでした。



ゾノとタッチの差ですれ違いつつ、龍安寺向かいのcafe山猫軒に行きました。るるぶに載っているお店です。ちなみに龍安寺そのものは、前にも訪れたことがあるので割愛しました。



山猫軒は、るるぶを手にした客であふれていましたが、その分回っていない印象でした。遅めのお昼を食べたかったのですが、メニューに品切れが多く、できるメニューも30分以上かかるとのことだったので、不本意ながらすぐできるケーキを食べて、すごすごと店をあとにしました。ガイドブックに載るような店はそんなものだと言ってしまえばそれまでです。



嵐電で嵐山に戻り、渡月橋を渡って阪急に乗り換え、桂に向かいました。



桂で、ヒコと会いました。ヒコとは2008年にスタッフをやったそら祭り以来のつき合いです。イベント運営をやらせたらお手のものです。京都在住ですが、年に数回は東京で会っています。



ヒコの車に乗せてもらい、京都の山奥、高雄の方へドライブに行きました。高山寺はあいにく閉まっていましたが、今まで見て来た京都とは違った山深い京都を味わいました。



楽縁に戻って、ようやくゾノと再会。遊びに来ていた連中も交えて、みんなでカレーを食べました。



今夜のバスで帰るゾノを、近くのバス停まで送って行きました。次は東京で、映画『僕たちは世界を変えることができない』を観に行く約束をして別れました。



翌日はいよいよ最終日。阪急で三宮に向かいました。



三宮では、富士バカ2011参加者のあつきに会いました。富士バカ2010のお礼参りを兼ねて、富士バカ2011参加者が泊まるコテージに遊びに行った際に出逢いました。コテージで、富士バカ2010に参加したことをきっかけに書いた『そこに山があったから』という歌を歌ったのですが、その際にいちばん感動してくれたのがあつきでした。そんな熱い奴とはまた会いたくなります。今回関西行きを思い立ったのも、あつきにまた会いたいと思ったのがきっかけでした。



中華街やハーバーランドを巡り、さらに夜は居酒屋に行き、あつきとたくさん話しました。







話せば話すほど、あつきの誠実さや熱さが伝わり、大好きになっていました。それは、あつきも同じようでした。まだ出逢って二回目ですが、親友と呼んで差し支えないだけの絆を築けたと確信します。物理的に距離が離れているのが残念ですが、たぶん何かと機会を作っては会いに行ってしまうと思います。一生つきあっていきたいと思えるだけの存在に出逢えました。なんだかラブソングチックですが(笑)



ひさびさに会う人と変わらぬ友情を確認した一方で、ゾノやあつきとは短時間ながら濃い友情を育みました。友情の濃さは、必ずしも過ごした時間の長短には比例しないみたいです。そんな友情の不思議を体感した友だち巡りの旅でした。
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プロフィール

會澤康平

Author:會澤康平
1983年3月30日生まれ。茨城県取手市出身。

さだまさしさんに憧れて歌を歌い始めました。

35年もの長きに渡り第一線で活躍し、つらい状況の中でも言わなければならないメッセージを発信し続け、多くの人々に感動と元気を与え続けるさださんを心から尊敬しています。

さださんのような熱い想いと、人々の心を打つ、感情の機微が巧みに表現された楽曲を書ける力を兼ね備えたシンガーソングライターを目指しています。

応援よろしくお願いします!!

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